東だって言ってるのに西に進む人がいる。

 

東が正解と知っていながら進む人と、闇雲に進む人。

 

前者には勝算があり、ちゃんと東も意識していて、意識もさせる。

東に進んでいる人も「あれ、西だったかな?」と思わせることをするのだ。

 

結果として、西に進む人も増えてきて、もう一つの正解をつくる。

 

時として、それが東を上回る大正解になる時もあるが、それは稀で、あくまで支流。

仮に主流になるとしても、結構な時間が必要だと僕は思っている。

 

流れをつくった(支流になれた)と自他ともに感じた時、気が大きくなっているので、あたかも「オレたちが主流だ」と言い始めるのはダサい。

 

一方、闇雲に進む後者は的外れと言わざるを得ない。

 

こういう人に限って注意を聞かない。

注意をさせない空気もつくる。

 

結果として、孤立する。

当の本人はそれを「孤高」だと思っている。

 

ピントが合っていないよくわからないボヤけた写真を「味」と言い張るような感じ。

 

もはや付ける薬がない。

 

以上、まだ40年しか生きていないけど、意識的に、また無意識にも全部経験しているつもり。

 

だから、どうしても透けて見えちゃうことがあるんです。

 

と偉そうに言っているが、達観しているつもりはない。

今もそのどこかに見えているかもしれないし、どこかであるべきだとも思う。

 

SNSを見て、そんなことを思いながらコーヒーを飲んでいる土曜日の朝。(結婚記念日)

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