する勇気としない勇気。
その勇気の境界線はすごく微妙な気がしている。
ともすれば、無謀にも臆病にもなる。
つまり、外野がそう言っても、よく考え、準備している状態ならそれに当たらない。
学生の時、徹マン明けの勢いで富士山を登りに行き、頂上まで行けたことがあるけど、これは無謀にあたる。
このように、ごく稀に勢いが準備に勝ることもある。
つまり、ちょっとしたことでなければ、それに当たらない。
例えば、あとはどちらかが告白するだけという雰囲気の2人がいたとして、放課後の教室にふたりっきりになったけど、それができないという状況は臆病である。
それが男女なら、特に男性が。
「この意気地なし!」ってやつだ。
それにより、女性の気持ちが冷めていくかもしれない。
チャンスはそう何度も訪れない。
さて、遡ること6年前、2013年の今頃に振り絞った勇気のおかげで今の僕があると言っても過言ではない。
それはここで言うところの無謀ではなかったと思っている。
あの時のエネルギーを今は別な形で使っているつもりなのだが、「丸くなったな」と言われるし、自分でもそう思うところはある。
時として、「それでいいの?」「臆病なんじゃないの?」と自問することもある。
いずれにしろ、爪は研いでいる。
僕だけじゃなく、仲間も研いでいる。