Netflixの『LIGHT HOUSE』で、星野源が「JAZZが流れている家で育ったから自然と好きになった」みたいなことを話していて、自分もそういった原体験が成長してからの〝好き〟や仕事に影響しているのかも、と思った。

 

僕の場合、明確にそうなのは、賑やか・華やか・面白そうなことに関わること。

 

小学校の時、監督(演出)をする先生の下について助監督をしたり、中学校の時は文化祭のステージをプロデュースし、結果的に「文化祭の鬼」という異名を頂戴するなど、自分が前に出ることではなく、企画を含め、盛り上げを裏からサポートするポジションが今でもしっくりきている。一時期は表舞台を目指したけど、気持ちが続かなかったので、裏方向きという裏付けは取れている。

 

いずれにしろ、しっくりきているだけ。仕事の一部にはさせてもらっているけど、好き=得意というわけではない。みなさまにおきましても。

 

さて、サザンである。

 

先日開催された茅ヶ崎ライブのチケットが当たった時はコトイチで歓喜し、ライブでは終始どこからともなく込み上げてくるものがあった。

 

兎に角、一生の思い出のひとつに深く刻まれた。

 

「どうしてここまで好きになったのだろう?」

 

と、ふと考えてみた。LIGHT HOUSEの流れで。

 

両親が聴いていたわけではない。自分が覚えていないだけかもしれないと思って母親に聞いてみたけど、間違いない。父が運転する車のカーステレオからは五輪真弓や堀内孝雄、高橋真梨子などがよく流れていた記憶がある。

 

それらは僕も嫌いではなく、音楽に興味を持ち始めてからはヒット曲だけではなく、いわゆる歌謡曲や懐メロを借りてきては聴いていて、それらをカラオケでも歌ったりした。友人はウケ狙いのように思っていたが、当の本人は至って真面目である。

 

そんなことを思い出していたら合点がいった。

 

サザンの曲には歌謡曲感や懐かしさが常にある。新しいけど懐かしい。逆に、懐かしいけど新しい(どの時代の曲も色褪せない)。加えて、サザンの楽曲やパフォーマンスには上記の「賑やか」「華やか」「面白い」が詰まっている。あとエロ(艶っぽさ)も。

 

これは贔屓目が当然あるけど、比較的客観的な見解だと思っている。

 

ということで、やはり〝好き〟には原体験が少なからず影響している。みなさまにおきましても、きっと。

 

連想して、小学校の給食時に放送室から流れてきた『Let It Be』に衝撃を受けたのを鮮明に覚えている。「ゲリピーって聞こえるけど、すんごくいい曲だ!」と。

 

そして、Beatlesで洋楽入門。

 

茅ヶ崎ライブでの桑田さんの衣装がBeatlesのTシャツだったことを考えると、きっと桑田さんも影響されていて、回り回って僕の〝好き〟に通じているに違いない。

 

と、ここまでで1000文字以上書いている。いつものブログの2、3倍。

 

茅ヶ崎ライブの素晴らしさも書きたいと思っていたけど、それを書き始めると、あと1000文字以上は余裕で書けそうだから、それはまた別の機会に、気が向いたら。

 

少しだけ触れると、まず感動したのは、町全体からサザン愛を感じたこと。「町を挙げて」ってよく聞くけど、そのほとんどが虚しく聞こえるくらいサザン一色だった。

 

(茅ヶ崎に本当に住みたくなった)

 

ライブに関しては言わずもがなで、ちょっと想像してほしいのだけど、暑くも寒くもない初秋の夕暮れから、湘南の潮風を感じながら聴く生サザン、ヤバくない?

 

「もう飲み会には行かない」と言う人がいて、その理由を聞いてみたら、「これ以上最高な時間はないと思った飲み会があり、その思い出を大切にしたいから」と。

 

聞いた時は全くピンとこなかったけど、茅ヶ崎ライブに行って、その気持ちがわかった。

 

また行くけどね、僕は。

 

ではここで1曲お聴きください。

真心ブラザーズで『拝啓、ジョン・レノン』

 

 

拝啓、ジョン・レノン

あなたがこの世から去りずいぶん経ちますが

まだまだ世界は暴力にあふれ 平和ではありません

 

御意。

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